Papa's Spaghetti

パパのスパゲッティ

社会の歯車になれるなら、僕はそれを夢という

朝7時、起きたらまずお湯を沸かす。

炊飯器に入ってままで硬くなった麦ごはんを電子レンジで温めて、冷蔵庫から納豆を取り出し、インスタントの味噌汁にお湯を注ぐ。

お味噌汁は少しばかり大袈裟に音を立てながら啜るとさらにうまい。

質素だが、胃が慣れてしまったせいかやけに美味しく感じてしまう。

日本人の身体にはお味噌汁を飲むと幸せを感じる遺伝子があるはずだ。そんなくだらないことを考えているうちに食べ終わって、バイトへ向かう。

電車に1時間30分揺られて会社へ着く。

まだ人が少ないオフィスへ「おはようございます」

そして、タイムカードを切ってディスクに就く。

仕事開始。振られた記事に取り掛かる。

そういえば、この間、50円時給が上がった。"時給は上がらない"と面接の時に社長は言っていたけど、「時給は少しずつあげるよ。まず50円から。だからこれからも頑張って」と言われた。

まぁ時給が上がろうが下がろうが、できる仕事はこれしかないしな。

だから、どんな仕事でも「できます。心配いりません」と反射的に返事をしてしまう。

時給が50円上がる日の前日のことだ。

出勤をしたら、少し取り乱している社長がいた。

納品日がその日18時までの記事をライターに振り忘れていたことに今気がついたらしい。

それも4,500文字というボリュームで住宅建築に関しての記事。

「これ できるか?」

「できます。大丈夫です」

そして、無事に時間までに書き終えることができた、何とか。

宅建築系の記事を以前に半年間書いていなかったら絶対無理だった。

 

18時になったらタイムカードを切って帰る。

いつもタイムカードを切るこの瞬間に緊張が身体のうちからやってくる。

「お先に失礼します。お疲れ様です」しっかり言えるかな。

基本、7時間の仕事中は社長に話かられる以外は何も話さないから、帰りに喉に痰が絡んで声が喉に引っかかる。

特に、社長が休みの時は本当に何も話さない。

1日で一番緊張するのが「お先に失礼します」の“お”を発するときだなんて恥ずかしい。

 

余計なことを思い出した。

数ヶ月前にある女性が僕に

「若いのに白けてるね。今の若者、あなたみたいな人はパワーがないよ。もっと大きな夢をもたなきゃダメ」と声を少し荒げながら言った。

その人は「私はアメリカで会社を興して世界を変える人になる」と豪語していた。

夢を聞かれたから素直に「今はこの清掃や宿の仕事で満足です」と答えたのに、ひどい言われようだと思った。

 

今、僕は文章を書くことで社会の歯車になれている気が少しだけする。

前よりも少しだけ、社会の中で生きている感覚を持てるようになっている。

「社会の歯車」

居酒屋のサラリーマンが使っているような否定的な意味合いではない。

世のため人のため、と言える口ではないけれど

少しでも何かの役に立つような、そんな人間になってみたい。

 

5年前は「普通になりたい」と言って

5年経った今は「社会の歯車になりたい」と言っている。

 

僕にとっては夢なのかもしれない。